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現役パティシエと学ぶ、お菓子の歴史

ヨーロッパを中心にお菓子の誕生から現在まで、その背景も一緒に学んでいきましょう。

「レストランで新しい食材を知る」 ①デセール

 

Bonjour à tous !!

 

 

先日、クロワルッス(croix-rousses)にあるフレンチレストランに行って来ました。

お店の名前はレ・サヴールド・ペーイグレック(les saveurs de PY)。フランス人シェフと日本人の女性の共同経営で、私の下宿している家のマダムから、とても美味しいから行ってご覧なさい!と勧められたので行ってみました!家から徒歩15分ほどの距離。

 

 

トリップアドバイザーなどでも、お店の評価は極めて高く、ランチはいつも満席。私も一度、予約なしで訪問という暴挙で見事惨敗してしまい、翌日改めて訪問しました。

 

私が頼んだのは、18€のコースで、前菜、メインにデザートが付き、それぞれ3、4種類のメニューから選ぶ事ができました。

 

 

前菜はこちら“キュウリのクネルとクスクスのサラダ”

 

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さっぱりしていて、ビネグレットに醤油が使われていました!

sauce sojas (ソースソジャ)=醤油

もはや、日本人が経営しているお店か否かに関わらず、最近のフレンチでは当たり前の様に使われる事がある、メジャーな調味料になりました。そしてこちらのレストランでは特に、料理の中に和の食材が使われているようです。

 

メインは “牛肉とカリフラワーのピュレ、キャベツのラビオリ添え”でした。 

 

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こちらではまだスーパーで見かけたことが無いのですが、青梗菜?のような野菜がお肉の下に。

こちらにもソースに醤油が使わていました。食べ応えわあるのに、どれもさっぱりしていて軽い印象でした。

 

 

そして、デセール!!!

“ショコラのスープとウフ・アラネージュ、ピスタチオのクルトン” でした。

 

 

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ウフ・アラネージュはメレンゲを茹でたお菓子。

ナッツとクルトンもたっぷりで、沢山の食感があって美味しかったです。

このメレンゲの上に乗っている葉っぱが可愛くて、日本ではまだ見たことがなかったので、きいてみたところ、クレソンの仲間だそうです。リコリス(甘草)のような、甘くて爽やかな味がしました。

こういった小さい葉っぱを飾ることが現在どこでも流行っているそうなのですが、恥ずかしながら知りませんでした。日本でも、レストランデセールであれば使われているのかもしれませんが、パティスリーでは、せいぜい、ミント、セルフィーユ、頑張ってもローズマリーフェンネルくらいしか見たことがありませんでした。

 

新しい食材を知るとテンションが上がります!とても勉強になります…!

 

 

さて、このレストランは洗練された料理が片意地を貼らずに、食後のカフェをつけても20€で楽しめ、なによりお店の雰囲気が、サービスが良く、とてもオススメです!アットホームでくつろげます…

 

 

 

次はパティスリーのことを書きたいな~と思いますが…

On ne sait pas !! 

 

A bientôt ;) !!

 

 

 

 

 

 

「例のあの丘、お菓子の守護聖人」

 

Bonjours à tous !!

 

前回のクッサンの記事で取り上げました、「Fourveireの丘」に登って来ました!

そう、昔のお役人さんが登ってお祈りを捧げたという、例のあの丘です。

 

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この通り、リヨンの街が一望できます。

フランスは今、パック(キリストの復活祭)のバカンス中ということもあり、観光客で賑わっていました。

足元には、リヨン旧市街とサン・ジャン大聖堂。川を跨いで街の中心街が見え、この写真では分かりずらいですが、その左手には私が住んでいるクロワ・ルッスの丘があります。街のあちこちがユネスコ世界遺産に指定されていて、古代ローマの遺跡や、美しい大聖堂が残るこのフルヴィエールもまた世界遺産の一つです。

 

長い長い坂道を登ること40分(どうやら私は遠回りをしたらしい)、フルヴィエールのノートルダム大聖堂に到着。

 

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一部の礼拝堂は18世紀から残っているものですが、このメインの聖堂は、1870年からの普仏戦争の際にプロシアからの侵略を真逃れた事を聖母に感謝する為に建築され、1896年に完成した比較的新しいものだそうです。ノートルダムというのはNotre(私たちの)Damme(貴婦人)=聖母マリアのことです。フランス各地にある聖堂にこの名前がつけられているのは、それらが聖母マリアに捧げられて建設された聖堂だからです。

 

 聖堂の内部とステンドグラス

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荘厳な雰囲気です!

 

 

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また少し分かりずらいですが、建物の上に着いているこちらの像。

大天使ミカエル=フランス語ではミシェル天使、そうサンミッシェルです。

あのMont-Saint-Michelのミシェルと同じですね! 悪魔を槍で突こうとしています。この天使は人間の魂を天秤にかけるとされます。

 

天秤を持つことから、13世紀にはフランスの菓子職人の間でお菓子の守護聖人と定められました。ちなみに9月29日はサンミッシェルの日です。

 

 

さてさて、歴史溢れるこの街リヨン。

数々の発明や繁栄がありました。

食、またそれ意外のところでも…

 

これからじっくり紹介して行きたいと思います!

 

A bientôt ;) !!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッサンドリヨン」 ①

 

 

 Bonjour à tous !!

ご無沙汰でございます!

 

 

 

実は4日ほど前よりフランスはリヨンの街に越してきました。

何とも急ですが、この美食の街として有名なリヨンで、お菓子をはじめ、いろいろな美味しいものを食べ!!!そして学んでいきたいと思います…

 

 

リヨンにはいくつか有名なお菓子がありますが、

こちら!

 

 

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「クッサンドリヨン」

 

今回はこのクッションの形を模した、パートダマンド(美味しいマジパン)のお菓子について学びたいと思います。

 

 

クッサンドリヨンとはなにか。

 

 

このお菓子は17世紀のある伝説をもとに、1960年に誕生したお菓子です。

伝説は古いですが、お菓子自体は比較的新しいですね。

 

 

では、その伝説とはなにか。

 

 

時は1643年、リヨンの街ではペストが流行していました。医者たちが手を尽くしても、黒死病と呼ばれたこの病の拡大は止められません。

そこで当時の役人たちはリヨンにある丘、フールヴィエールの丘に登り、7リーヴル(約3.5キロ)の蝋燭と絹でできたクッションの上に金貨を一枚のせて置き、聖母マリアに祈りを捧げました。

それ以来毎年、この祈りは繰り返され、その際に響いた三発の大砲の音は、この祈りが届けられたことを示していました。

 

伝説が事実かは分かりませんし、今現在もまだこの習慣が残っているかは分かりませんが、ペストは去り、リヨンの街には平穏な日々が戻りました。

 

 

そしてこの伝説をもとに、1960年、リヨンの老舗パティスリー “VOISIN” ヴォワザンでクッサンは考案されました。今回載せているクッサンの画像は、リヨン旧市街のパティスリー、“A LA MARQUISE”ア・ラ・マルキーズのものです。今ではリヨン中のトラディショナルなパティスリーをはじめ、お土産屋さんなどでも買うことができる銘菓になりました。

 

 

緑色がベーシック。青いお酒、オレンジキュラソーが効いています。他にも様々なフルーツの味があり、アルコールを使用していないものもあります。うすーい糖化したシロップで覆われた表面はシャリっと、餡子のような感触のパートダマンドにその中にはチョコレートガナッシュが包まれています。甘さは強めなので、コーヒーと一緒に頂くと最高です。

 

 

日本で購入できるお店は限られていますが、 アーモンド菓子の専門店、“パパピニョル”さんなど、インターネットからの注文もできるお店もあるようです。

リンクを貼らせて頂きます → http://papapignol.com/item/coussin-de-lyon/

 

 

 

ではでは、また少しずつお菓子や街のレポートをしていきたいと思います。

A bientôt ;) !!

 

 

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パティスリー"VOISIN"

 

 

「ざるもせいろも盛りそば!!フランスのそばガレット!」 ①ガレット

 

お菓子の歴史からズレてしまいますが、少し「蕎麦」について書かせてください。

 

 

なぜこんな話になったかと言うと、あるキュイジニエの方と日本蕎麦の話になった時、私は恥ずかしながら“ざる蕎麦”と“せいろ蕎麦”の違いが分かりませんでした。異国の料理やお菓子を学ぶ者が、自国を代表する料理について知らないとはなんたる事か!!!とお叱りを受け、確かに…おっしゃる通りと慌てて勉強した次第でありました。

 

 

さて現在一般的に食べられている麺状の蕎麦ですが、本名「蕎麦切り」と言い、江戸時代より前、16世紀の終わり頃には既にこの形状で存在していたと言われています。元々は貧しい農民の為の雑穀でしたが、その後、江戸時代には将軍への献上品とされるほどの栄誉ある食品にまで昇華しました。食べ方としてはせいろにのせてたまま蒸して食べる、蒸しそばが主流だったそうです。

 

もちろん庶民の間でも蕎麦は人気であり、蕎麦屋は出前の際、蒸した蕎麦をせいろのまま配達しました。せいろは重ねる事ができ大変勝手が良かったのです。

その後、竹ざるに乗せて“ざる蕎麦”として提供しブレイクさせた料亭が出現。ざる盛りはより高級なものと言う認識になり、当時は麺つゆにも差を出して、ざる蕎麦のつゆにはみりんを入れて甘さを付けていました。今ではその差もほとんどなくなり、蕎麦屋で全く同じ器に盛られた“ざる蕎麦”と“せいろ蕎麦”の違いは、麺の上に刻み海苔がのっているかどうか、と言うことになっています。

 

 

 

奈良時代に日本に伝来したと言われている蕎麦ですが、麺の形になる前は粒のまま粥にしたり、“蕎麦がき”と言って、そば粉をお湯で練り、団子の形状で湯掻いた料理にして食べていました。日本史にデビューしたての蕎麦は、あまり美味しい食べ物とは言えず、農民たちが飢餓をしのぐ為の食べ物でした。

これはフランス、ブルターニュ地方の有名なそば粉料理「ガレット」とも似ているところで、ガレットが人々の食生活に根付いたのは、ブルターニュの雨が多く痩せた土地でも"ソバ"が栽培可能な穀物だったからなのです。

 

そういえば、久しくガレットを頂いていませんね…

フランスで美味しいガレットに出会えるのを心待ちにしています…!!

 

 

浅草で頂いた五目そば

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「劣悪な紅茶 ミルクティー」 ① 茶

 

ご無沙汰しております!!

日常のバタバタで、すっかりサボりがちに…

 

重い腰をあげてなんとか一記事いってみましょう…!!

 

 

 

今回は少しお菓子から離れて、「紅茶」についてです。

 

 

 

皆さんはお菓子のお供には何を飲むでしょうか。

重厚でコクのあるバタークリームのお菓子には力強いコーヒを。

爽やかで繊細なムースのお菓子には華やかな紅茶を。

はたまた、濃厚なチョコレートケーキに更にカカオ感満点のショコラショーを合わせて楽しむというのも、某有名ショコラトリーのお勧めでもあります。

 

 

もちろん、一口にコーヒー、紅茶と言っても、その種類は様々でお菓子やその時々の気分に合わせると、その組み合わせは無限に考えられます。

コーヒーも紅茶も大好きな私ですが、(お茶をする、という行為そのものが好き)どちらかと言うと、私は紅茶派です。それも、しっかりと発酵された強めの、ミルクがよく会うお茶が好きです。

 

 

さて、今回はこの「紅茶」、特にミルクティーの小話を紹介したいと思います。

 

 

皆さん、ご存知かも知れませんが、

緑茶

烏龍茶

ほうじ茶

紅茶…etc

 

大体の〝茶〟と言う飲み物は、全て元は同じ植物、〝茶の木〟の葉です。

それが育つ場所や環境で、葉が大きくかったり小さかったり、品種の違いが生まれ、更にその収穫時期や製造方法(発酵や燻しなど)により様々なお茶が出来上がります。

 

 

茶の発祥は中国。その誕生については有史以前のこと諸説あり、長くなるのでまた別の機会に書くことにしますが、ヨーロッパにもたらされのは17世紀のこと。当時の貿易大国、オランダによって中国から伝えられたと言います。

その後1662年、現在の紅茶大国イギリスに、ポルトガルからキャサリン王妃が嫁ぎ、紅茶好きの彼女の贅沢なお茶会は一躍有名になり貴族社会を中心に大流行します。

その頃、貴族や文化人たちの社交の場として栄えていたコーヒーハウというものがありました。いわば、酒の代わりに、コーヒーやチョコレートドリンクを出す〝バー〟。もしくはフランスの〝カフェ〟の様な場所で、そこで紅茶が出されはじめます。17世紀も中頃になると、このコーヒーハウスは一般人にも門戸を開き大衆化、紅茶は一般市民の間でも広く楽しまれる様になります。

 

 

17世紀後半から19世紀の初頭まで、イギリスの東インド貿易会社はお茶の輸入を独占することになりますが、このお茶の流行はイギリスの経済的発展の元になったとさえ言われています。

 

 

 

さて…今回のテーマであった「ミルクティー」ですが。

この飲み方を始めたのもイギリス人です。

今でこそ、スーパーでも安価で美味しい紅茶が買えますし、簡単にティーパックで淹れることもできます。紅茶愛好家の方には、やっぱり茶葉から淹れなくては!などと言われてしまうかも知れませんが、ティーパックでも上手に淹れれば、ヨーロッパに普及し始めた紅茶と比べると随分と美味しいものを頂くことができるでしょう。

 

と言うのも、ヨーロッパに入ってきたばかりのお茶は、紅茶と言うよりは、どちらかと言うと日本茶に近い発酵の浅いものでした。またこのお茶は発酵が浅いだけでなく、金に目の眩んだ商人たちによって劣悪な状態の物が多かったそうで、安価なものには不純物が混ざっていたりもしました。加えて、一般市民向けのティーサロンではお茶の淹れ方も雑であり、現在の様なゴールデンルールは存在せず、薄く不味いお茶を出していたりもしたそうです。

それでも人々は流行のお茶をありがたく頂き、ティーサロンに集う事を一つのステータスとしました。そのなかで、この劣悪な紅茶を少しでも美味しく飲もうとして生まれた飲み方が〝ミルクティー〟。大好きな紅茶の飲み方がまさかの驚きの誕生でした。

 

紅茶が今の様な色になったのは、長い貿易の過程で、消費者の好みに合わせて発酵を強めたからだとも言われます。また産業の発展と共に品質も安定、ヨーロッパのみならず、アジア各国やアメリカ大陸やでも気軽に楽しまれる様になりました。

文明の発展に感謝です!

 

 

さて、18世紀ヨーロッパの紅茶社会に思いを巡らすと、現代の消費者社会にも重なるところがありますね。実はそんなに美味しくないものも、世の中が、もてはやすから価値が生まれてくるのです。そこにあつまる人々は情報を味わいます。

 

 

なんて、そんな事を書いている私もどちらかと言うとミーハーな部類です…

情報に踊らされるのも悪くないでしょう、そこから新しく美味しいものが生まれるであれば。

 

 

A bientôt ;) !! 

 

 

友人宅にて。お手製キャロットケーキとバナナケーキ、セントクリストファーのイングリッシュブレックファーストをミルクティーで

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「古典菓子」 ①

 

お菓子史でフランス菓子が急速に進化したのは18世紀後半、かの有名なフランス革命以降でした。

革命でフランスの王朝は崩壊、宮廷に仕えていた料理人や菓子職人たちは職を失い城から放り出されます。
トップレベルの技術を持った彼らは生きていく為に自らのお店を建てることになり、今まで王侯貴族にのみ許されたお菓子や料理たちは、未だ混沌とした革命後の社会の中で初めは富裕層を中心にゆっくりと、そしてナポレオンの帝政以降は急速に、民衆の間に広がっていきます。

この時代に先のブログでも紹介したように、アントナン・カレームが生き、ユルバン・デュボワやオーギュスト・エスコフィエなど、料理界の革命者達が続きます。
彼らについても詳しくは追い追い書いていこうと思います。

 

さて、お菓子だけにスポットを当てましょう。

当然ながらお菓子屋さんが増えると、そこからは生き残り合戦です。店対店の競争の中で、さらにお菓子は進化し、様々なお菓子が生み出されます。今もお菓子屋さんのショーケースを賑わせている殆どのお菓子は、この時代に生まれたと言っても過言ではありません。


シブーストやエクレール、ポワールブルダルーにミルフィユなど、全てこの時代に生まれたお菓子です。そして実はよく知っているこれらのお菓子は“古典菓子”に分類されます。

フランス伝統菓子を日本に広めた第一人者、東京 尾山台のパティスリー“オーボンヴュータン”のシェフ、河田 勝彦氏、曰く、

《“伝統”と“古典”では、まったく意味が違うということ。お菓子で言う“古典”や“クラシック”というのは、現在のお菓子の基礎となっている“エスコフィエの時代”を指す事が多い…… (中略) 必然的に生まれた伝統菓子は、実際には粗野なものも多いですし、その土地によって組合せるフルーツやナッツなどが変わることもある。それから、ヨーロッパは陸続きなので、文化の流れも影響してきます。例えば、“クラフティ”が、ブルターニュ地方で“ファーブルトン”になるというように。自然発生的に生まれ、伝わり、広まる。これが伝統菓子です》
出典:panaderia インタビュー http://www.panaderia.co.jp/

 

長い長いお菓子史で考えると古典菓子すら新しく思えるので、私はこれらが“クラシック”に分類されると言うことを理解するのに少し時間がかかりました…


ともあれ、私はいよいよここからが近代お菓子史の幕開けだと思います!

 次はこの時代のお菓子について書きたいと思います。

 

 

 

パティスリーオーボンヴュータンのエンブレム

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「オークウッド」 pâtisserie ①

 

今日は少しショコラシリーズをお休みして、先日お邪魔させて頂いた、パティスリーについて少し食レポしたいと思います。

 

 

埼玉県春日部のパティスリー、菓子工房「オークウッド」です。

元同僚のパティシエと伺ったのですが、その同僚がオークウッドに知り合いのパティシエがいるということで、連れ立ってお邪魔させて頂きました。

春日部駅から歩くこと約15分、住宅街の中に沢山の緑に囲まれた可愛らしいオレンジのお家を発見。

近づくと、可愛らしい看板がお出迎えしてくれます。

 

 

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シェフはデセールや、パスティヤージュ(粉糖とコーンスターチをゼラチンで固めた砂糖細工)の日本における第一人者として有名な「横田秀夫」シェフ。数々のコンクールで受賞歴がある他、お菓子の世界大会、クープドモンドの国際審査員の経験もある方です。なんと、お忙しいはずなのにわざわざ出ていらしてご挨拶下さいました。丁寧で物腰柔らかな素敵な方でした。

魅力的なシェフに加え、いたるところにいる木彫りのリスと、カントリー調の可愛らしい店内に癒されながら早速注文。

 

そして一つ目に頂いたのがこちら

 

“苺パフェ” 

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ホワイトチョコレートのクリームの中にはアニスを効かせた苺のソルベ、その下にライムのクリームが忍ばされ、これがまた凍っているとも溶けているともいえない絶妙な状態。ライムの辛さが、全体的に甘めなパフェの印象をキリリと、しかも後口まろやかに引き締めていました。

 

 

続いてケーキをふたつ。

(食べ過ぎに思われるかもしれませんが、パティシエの食べ歩きではいたって普通の量です。しかもこの日は、オークウッドの前に巣鴨のヨシノリアサミのパフェも頂いていました…勉強勉強!と自分たちに言い聞かせます;)

 

 “宇治”と“パンプキンロール”

 

 

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どちらも素材の味が際立つ控え目な甘さで美味しかったです。

生地もクリームも軽めで安心感のある、日本人の舌によく合うケーキだったと思います。

 

フランス語でケーキを意味する“ガトー”ではなく日本における“ケーキ”。

お店の名前も、”パティスリー”ではなく“菓子工房”。まさにそのイメージでした。

 

閉店間際でもケーキを切らさず、ちゃんと選べるようにしておく。お客様をわくわくさせてそれを裏切らない。

 

このシェフの思いが詰まっているということが、お店が長年愛される訳なのでした。

都内にお住いの方も、ぜひ足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。

 

 

そして最後に今回の食レポをまとめるとすると、私はどっしりと重厚なフランス菓子が好きですが、外国から伝わったお菓子が、日本人の口に合うように進化した洋菓子も大好きです。

ぱふぱふの皮のシュークリームや、上品な甘さの和栗のモンブラン、ふわふわジェノワーズと生クリームのショートケーキ。どれもフランスに行って食べられなくなるかと思うと寂しくなります。

今のうちに頂いておきましょう!!

 

 

さて次回は、お菓子の歴史に戻ります。

 

 

 

いつもの材料をお得に購入(cotta)