現役パティシエと学ぶ、お菓子の歴史

ヨーロッパを中心にお菓子の誕生から現在まで、その背景も一緒に学んでいきましょう。

「パリ、ブルダルー通りのタルト 」~Tarte Bourdaloue~

 

Bonjour à tous !

 

 

パリはすっかり緑も深まり、日差しが刺さる青空と雨、雷を繰り返しながら夏に向かっています。

今回はフランスに来る前から、パリに来たら絶対行こう!と決めていたブルダルー通りに行って来ました。

 


目的は通りの名前のついたこちらのブーラジュリー。

 

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土曜日の夕方に行ったので、お店のショーケースには小さな一人分サイズのタルトしか残っていませんでしたが、それでもお目当てのお菓子を発見。今ではフランス中ブーランジュリーやパティスリーで見つけることのできる、パートシュクレにクレームダマンド、洋梨を乗せて焼き上げたシンプルなこのタルト、プライスカードには〝Tarte au poire〟と書かれていました。

 

 

 

このタルトを一切れと、その隣で美味しそうに並べられていたフランも一切れ、ついでに購入しお会計をすませると、私はマダムに聞いてみました。

 

 

 

「このタルトは〝タルトブルダルー〟なんですか?」

 

 

 

先程まで素っ気なかったマダムが一瞬驚いた顔をしてすぐ笑顔になり、

「そうなのよ!このお店が昔はパティスリーでショコラや他のお菓子も売っていたのよ!これが本当のタルトブルダルーよ!」

 

 

 

と答えるマダムに、

「ブルダルー通りにこれを探しに来たんです!」

 


とこちらも笑顔になり、紙箱にざっくりと入れられたタルトを大切に持ち帰りました。

 

 


さてこれが今回手に入れたブルダルー通りの「Tarte Bourdaloue」

 

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れっきとしたパティスリーパリジャンで、名前の由来はもちろん通りの名前から来ています。

その誕生は1850年頃、ブルダルー通りでパティスリーを開いていたファスケルと言うパティシエの考案だと言われています。

 


今回頂いたタルトは、小麦粉入のパン屋さんらしいクレームダマンドに洋梨の素朴な味でしたが、元々のルセットは、パータシュクレにクレームダマンド、又はフランジパーヌ(クレームパティシエールを合わせたクレームダマンド)を詰め、洋梨を置く前に砕いたマカロンとノワゼットを敷いたそうです。マカロン洋梨の水分を吸わせる役目、ノワゼットは食感ですね。

 


個人的には、このシンプルな構成のお菓子はきっとファスケルシェフ以前にも作られていた可能性はあると思うし、実際にほとんど違いは無いけれど、あえてタルトオポワールとタルトブルダルーの違いを挙げるとすると、きっとナッツ感の違いなのかなと思います。梨の水分を吸う役割としてはビスキュイのクラムを使うこともよくありますが、オリジナルのレシピに習って、ノワゼットを散りばめれば、堂々とブルダルーを名乗れるはずです!

 


また本来は温かい状態で食べていたそう…。

 


今回ブーランジュリーBourdaloueで見つけたタルトに時代とともに薄れてしまった〝ブルダルー感〟を感じずにはいられなかったので、更にブルダルー感の強いタルトポワールを見つけたら追ってレポートしたいと思います。

 

 

 

それでは!

À bientôt ;)!!

 

 

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« ブルダルー通りの様子»

 

 

 

 

 

「ポーニュ」~田舎で見つけた伝統菓子~

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"ドローム県の市場で売られるポーニュとブリオッシュサンジェニー 引用:wiki"

 

Bonjour à tous !

 

遂に先日、住み慣れたリヨンを離れ、パリに越して来たお菓子史伊藤です。

この街に住みながらも、心と興味は歴史や地方、古き良きものに向いているので、お菓子史に繋がる沢山の新しい学びや出会いをしていきたいと思います!

 

 

さてさて先日、リヨン生活最後の思い出として、Drôme ドローム県にある “Palais Idéal du Facteur Ceval = シュヴァルの理想宮 ”  に行ってきました。(公式サイト:facteurcheval.com)

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この理想宮とは、その昔一人の郵便配達人をしていたシュヴァルさんと言うおじさん(当時40歳過ぎ)が33年もの長い歳月をかけてたった一人で建てたお城で、その素材も仕事の傍に道端で見つけた石ころや貝殻など。決して建築の専門的知識があった訳でもなく、配達物の中にあった雑誌やハガキの写真かインスピレーションを得て、世界各地の建築様式を彼なりに再現したその姿はまるで生きているお城のようで、沢山感じるもの、考えさせられるものがありました。

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実際にこの理想宮は、パブロ・ピカソポール・エリュアールアンドレ・ブルトンなど、多くの現代芸術家や詩人、思想家らから称賛され影響を与え、建設から何十年も後ではありますがフランスの文化財にも登録されています。少し交通の不便な場所にありますが、是非一度行ってもらいたい、オススメの場所です!リヨンからはTERとバスを乗り継いでも行けますが、乗り継ぎと往復の時間を考えるとかなり早朝に出発しなけれ当日中に帰って来れません。なので可能であれば、片道1時間20分程なので車で行くことをオススメします。私は運良く車を出してくれる友達を見つけました!ありがとう、オリビエ\(^^)/!!

 

 

そして旅先で忘れては行けないのが郷土菓子探しです!日曜であったのにも関わらず空いているブーランジュリーを見つけました。その看板の形にもなっていたこちらのパン。

「Pognes ポーニュ」

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このドフィネ地方ドローム県ロマンという町が起源らしく、オレンジの花の香りをつけた、ほんのり甘いドーナツ型のブリオッシュです。リヨンでは一度も見た事がなかったので、これは早速食べみなくては!と思ったのですが、写真では分かりにくいですが直径30センチほどもある巨大なパン…もっと小さいサイズは無いんですか?と聞くと、カット売りもできるとのことで一切れ購入。ブリオッシュというにはバターと卵が少ないような素朴なモチっとしたパンで、味よりも香りを甘く感じました。そしてこのオレンジの花の香りは、南仏のお菓子やパンによく見られる特徴で、あー、リヨンよりも南に来たんだなぁとも思わされる瞬間でもありました。

 

 

さてこのポーニュ、今でこそお店の看板にされるほど年中買えるドロームスペシャリテですが、14世紀初頭に誕生したばかりの頃はパック(キリスト教の復活祭)の時のみに食べる為に作られていた様です。今でこそ厳格に守っている人はほとんどいませんが、本来パックの前46日間は “四旬節” と言い、キリスト教の慣習では肉や卵などを食べるのをやめ、食事は一日一食、軽い断食の期間でした。(十字架に磔になったイエスと困難を分かち合う為。)なのでこれが明けるパックには、卵を使ったリッチなパンを食べて祝おうと作られたのがポーニュの始まりだった様です。お菓子の歴史の中で卵の収穫量が増えたのも丁度中世で、この時代には卵は珍しいものではなくなっていた事も理由の一つなのは間違いありません。

そして名前の由来についてですが、ポーニュの正式名称は「Pogne de Romans」ポーニュ ・ド・ロマンと言い、Pogneはこぶしや一握りと言う意味で、日仏商事さんのホームページでは“一掴み”の小麦が語源だと紹介されていました。

またロマンという町が発祥とされていますが、今では南仏の至るところで買うことができ、サイズはいつも大きめ30センチほど。アヴィニョン出身のオリビエも、週末に買って家族で食べていたと教えてくれました。

大きなパンは家族団欒の証!

今回もまた、素朴ながら温かみのあるお菓子(パンですが、私はお菓子の前身だと考えています!)に巡り会えて幸せでした!

それではまた新しい出会いを求めて...

À bientôt ;)!!!

 

 

 

 

「カリソン・デクス ~南仏の香り~」

Bonjour à tous !

遂に1年間のワーキングホリデーを終え、まったりバカンスモードのお菓子史伊藤です!

ワーホリを終えた今もリヨンに滞在中なのですが、ビザ終了後の滞在延長法については、伊藤:夫とのコンビブログ、【パリパリマセマセ】http://parismasse.net/ の方に書いてあるので、気になる方はそちらをご覧下さい!

 

 

 

さてさて!4月の一大イベントと言えば!!

2日に私の誕生日がありました!(完全に私事ですみません…)

 

そこで南仏出身の友だちがプレゼントをくれたのですが、それがこちら!!

 

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そう「カリソン・デクス」

この特徴的なひし形から、プレゼントの包みを開ける前から中身が分かってしまった私。笑

アーモンドペーストに南仏特産のメロンやオレンジのコンフィを練り込み、アーモンドの葉を象った型に詰め、仕上げに純白のグラスロワイヤルをかけて乾かします。

カリソンをかじると、砂糖の上掛けがサクっシャリっと、そして中身はみっちりしっとりとしていて、アーモンドの香りが口いっぱいに広がります。大好きなお菓子の一つです!

 

 

さて、このお菓子の歴史を遡ると、12世紀のイタリアに辿り着きます。ラテン語で書かれた中世イタリアの書物の中に“calisone”と言う現在のマジパンに近いお菓子の記述があり、これが南仏に伝わりカリソンになったのではと言われています。

 13世紀には、マルティオ・ディ・カナールと言うイタリア人の著書「ヴェネツィア編年史」の中でヴェネツィアスペシャリテとして、“calissons”の名前を引用しているのが見受けられ、当時ヴェネツィア商人の所有地であった、例えばクレタ島など場所では、アーモンドのペースト(マジパンに近いもの)にシナモンやクローブなどを加えた、カリソンの原型の様なお菓子が存在するそうです。

 また語源としては、私の尊敬するオーボンヴュータンの河田シェフは、その著書“フランスの郷土菓子”の中で、『昔はすのこにのせて乾燥させたので、ラテン語canna(葦)からプロヴァンス語のcalissounやcanissoun(すのこ)が生まれ、語源になったとも言われる。』と紹介しています。

 

 こうしてみると、現在のイタリア菓子や南仏のヌガーなど他のお菓子の様に、アーモンドをふんだんに使ったお菓子の多くは南の方からやって来ているのが分かります。西アジア原産のアーモンドが、ヨーロッパの入り口、ヴェネチアから入って来たことが理由と言えるでしょう。アーモンドの歴史についてもまた別回で詳しくやろうと思います!

 

 

 それではいよいよ、カリソンにまつわる一番有名でロマンチックな言い伝えをご紹介しましょう。

時は1454年プロヴァンスのルネ王とジャンヌ・ド・ラヴェル王妃の結婚式の日でした。滅多に笑わないことで事で有名だったジャンヌ王妃でしたが、一口このお菓子を食べると、その美味しさから自然と笑みが溢れました。そこで王はこのお菓子をプロヴァンスの方言で「Di Calin soun!」=《“抱擁”と呼ぼう!》と言ったそうで、この事が転じて現在の「Calissons 」と言う名前になったそうです。現在のフランス語でも、“câline”と言う言葉がありますが、これは、ハグというよりも、優しく撫でるように触れる意味があるので、ルネ王の愛を感じますね!そして実際にこの結婚式の模様を描いた絵が、プロヴァンスのサン・ソーヴール大聖堂に今もなお残されているそうです。

 

 

 アーモンドや砂糖をふんだんに使用したリッチなこのお菓子は、このように古くから祭事に利用されていたようですが、その後も17世紀にペストがプロヴァンスで流行した際にも、カリソンが病に効いたと言う言い伝えもあります。これはカリソンが“神に祝福された神聖なお菓子”と言うことに加え、その高い栄養価が弱った人々に力を与えたからだと考えられます!

 

現在では色々な風味と色合いが存在するカリソン。

フランスでは南仏以外のスーパーマーケットやパティスリーでも買うことができます。また日本でも、フランスの伝統菓子を置いてあるパティスリーで見つけることが出来るでしょう。ぜひ未だ試したことのない方は、ロマンチックな歴史に思いを馳せつつ、この南仏の香りを楽しんでみてはいかがでしょうか?

 

 

それでは!

A bientôt ;)!!!

 

 

 "Au Bon vieux temps" カリソンとコンフィズリー

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"

 

 

 

 

 

 

 

「ガトードサヴォワ~中世から伝わるお菓子」

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Bonjour à tous! 最後の大寒波が過ぎ去り、一気に春めいた陽気のフランスはリヨンから、お菓子史伊藤です。

 

さて先日、〝フランスのヴェネツィア〟と呼ばれる街、Annecy アヌシーに小旅行をしてきました。

観光地としても有名な小さな街の旧市街には、隣接するアヌシー湖から引かれた小運河がうねる様に巡っていて、そこに架かる小さな橋々や川沿いの風景は、正にヴェネツィアと称されるのに納得がいくものでした。(まだ実際にヴェネツィアには行ったことがありませんが…)

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またこの街はアルプスの麓サヴォワ地方の一画ということで、赤を基調としたデコラシォンが可愛いサヴォワ料理のレストランも多くありました。

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サヴォワチーズを使用した郷土料理の〝チーズフォンデュ

こんなにたっぷりですが18€程でいただけます。アヌシーは春、花の季節がなお一層美しいと評判ですが、冷えきった身体をチーズ料理とワインで温め、サヴォワ料理を一番楽しむ事が出来る、冬の旅行も個人的にはおすすめです。

 

 

さて、本題お菓子史!そんなサヴォワの地方菓子と言えば、こちら「ガトー・ド・サヴォワです。

材料は卵、砂糖、小麦粉、コーンスターチのみの極めてシンプルなお菓子で、14世紀に生まれたお菓子と言われています。

 

なにぶん古いお菓子なので起源には諸説あり、一説ではレシピの考案者は14世紀初頭に、サヴォワの伯爵アメデ6世(又は5世)の嫡子で料理長でもあったピエール・ディエンヌなる人物だと言われています。

そして1373年から1383年の間のいずれかの年(1365年説もあり)に、アメデ6世が公爵位の獲得を目的として神聖ローマ帝国のカール4世を招き、大規模な饗宴を催した際に作らせたお菓子として世に知られることになります。サヴォワの領地を模した箱庭を作り、そこに配置した巨大なガトー・ド・サヴォワに王冠を飾った演出で皇帝を多いに喜ばせる事に成功します。そして残念ながらこの事は直ちに出世には直結はしませんでしたが、後のアメデ8世の時代には念願の公爵位を無事に獲得する事が出来たのです。

また考案者については、ピエール料理長は1343年までのお勤めだった様で、つまりは実際に大宴会が開かれ、巨大ガトー・ド・サヴォワが作られた時には既にいなかったという事。そしてもう一つの説では、考案者としては別の人物、1348年から1367年まで料理長を務めたジャン・ドゥ・ベルヴィーユという人物の可能性もあるということ。

さらに別説では、そもそも宴会を催したのはアメデ8世であったとの説もあり。(美食家としても名高かった彼の料理人には、最古の料理書を記したタイユヴァンがいる。)これによると、巨大なガトー・ド・サヴォワを用意していたのに、切り分ける数を間違えてしまい一切れ足りず、アメデ8世は自分の分を会食者に譲ることになってしまったそう。その為、味の説明ができずに恥をかき、伯爵の地位を退く事に。しかし、結局ドイツ皇帝はもてなしに満足し、アメデ8世に公爵位を授けたという話だそうです。

どれが真実かは分かりませんが、お菓子が歴史的な役割を果たしていた事は確かな様です。また余談ですが、なぜこの時代のフランス貴族が出世の為にドイツ皇帝(当時神聖ローマ皇帝)に媚を売っていたかと言うと、神聖ローマ皇帝ローマカトリック教会が認める王として戴冠され、西ヨーロッパの諸王よりも優位な立場にあったからです。(プチ世界史…)まさに中世の、宗教が政治のなかで大きな権威を持っていたことが伺えます。

 

 

さてさてお菓子自体の話をもう少しすると、別名「ビスキュイ・ド・サヴォワとも言い、ウィキペディアには

「明確に別物とされる。ビスキュイの方は1700年ごろ以降に発生したものをさし、スポンジは非常に軽い。」

などと書かれていますが、現在は区別が無くなってきているとも思われます。実際に私がサヴォワ地方で購入したものは、非常に軽く、ビスキュイの様な食感にも関わらず、表記は「ガトー・ド・サヴォワ」でした。

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レシピは非常に単純で、少しの配合の違いはもちろん、このお菓子の誕生した時代に比べて、卵を泡立てる為の機械やオーブンの進化などで、仕上がりに大きな差が生まれたとも言えるでしょう。
またシンプルなだけに、使う型によって焼き上がりの楽しみも変わると思います。目下、骨董品店や蚤の市で適当な型を見つけて、中世に思いを馳せながらガトー・ド・サヴォワを焼くこと目標にしたいと思います!


それではまた!


A bientôt ;)!!




 

「クレメ・ダンジュ~神々のご馳走」

 

Bonjour à tous !!

あれよあれよと言う間に1月も終盤!

こんにちは、お菓子史伊藤です。

 

さて、話は少し遡りますが、私の滞在している街リヨンでは12月の初めに光の祭典と言う大きなイベントがあり、各家庭の窓際にはロウソクの火が灯され、街中がライトアップされたうえに、至る所で音楽と映像のプロジェクションマッピングが繰り広げられました。年々観光客を多く迎えるこの一大行事に、レストランはパティスリーよりも早めに繁忙期ピークを迎えていました。

 

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 “光の祭典、ベルクール広場の様子”

 

さて、そんなこんなのドタバタで、新デセールのアイデアを職場で話し合っていた時のことです。

 

私:「クレメ・ダンジュなんてどうかな?フリュイルージュとビスキュイピスターシュなんかを合わせれば、クリスマスカラーになるし、シンプルだけどトラディショネルだよ。」

シェフパティシエ:「それは良いアイデアだ!

...ところで、そのクレメ・ダンジュと言うのはなんなんだい?」

 

私:「え!!! クレメ・ダンジュを知らないの?!」

 

 

はい。驚くべきことに、他のフランス人に聞いてもクレメ・ダンジュを知らない人の多いこと...料理関係者であってもです。

個人的には日本において、クレメ・ダンジュはティラミスに次いで浸透しているお菓子、という認識だったのでショックでした。

 

ではこのクレメダンジュ、改めてどんなものかと説明すると、フロマージュブランをベースに、メレンゲや生クリームを合わせたムース状のクリームを、ガーゼをしいた穴のあいた専用の型で水切りをして、好みでフルーツのソースなどを添えて頂くお菓子です。

フランス語では「Crémet d’Anjou」と書き、意味はアンジュー地方のクリームです。日本では良く、発音の似ている 「ange」=天使、と間違われ、天使のクリームなどと言われますが、白くて柔らかい食感からその様にイメージされるのも容易く理解できます。

 

イメージ戦略から、わざと「天使のクリーム」として売り出しているパティスリーも。

 

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“セバスチャンブイエのクレメダンジュ、パイナップルのコンポート入り”

 

 

 

どうしてこのお菓子がフランス社会で忘れられかけているのか。はたまたそもそも、地方菓子の為にさほど広がっていないのか。

お菓子の歴史を遡ると、今はその起源もはっきりいつか分からないほど古いものです。まだ冷蔵庫もなかった時代に、アンジュー地方で保存していた生クリームから偶発的にできた食べ物と聞いています。少し発酵した、酸味の効いたクリーム、水分が抜けて、ヨーグルトの様に固まっていたのを食べたところ美味しかったと言うのが始まりだそうです。実際にアンジュー地方に行った事はないのですが、現地では、パティスリーよりもフロマージュリー、チーズ屋さんに置いてある事の方が多いそうで、またアンジュー地方のアンジェ出身の美食家、キュルノンスキーはこれを「神々のご馳走」と呼んだとも言われています。

 確かに、現代の華々しいフランス菓子の中ではシンプルで控えめな存在になってしまったかもしれませんが、飽きの来ない優しい味わいは今でも充分に愛すべき存在であり、また多くのフランス人に知って欲しい、思い出して欲しいと思うのです。

そしていつか、実際にアンジュー地方に赴き、現地に伝わるクレメダンジュを試してみなければならないでしょう...

またこちらで報告できることを楽しみにしています!それでは、

 

À bientôt ;)!!

 

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あらかじめ水切りしたクレームドゥーブルとフロマージュブランを使用した “クレメダンジュ、イチジクとポワールのアルマニャックマリネ入り”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今年は本場で!ガレットデロワ」 ②


Bonjour et bonne année à tous !!
明けましておめでとうございます。
ご無沙汰しております。お菓子史、伊藤です。

こんなに更新に時間が空いてしまったのには、秋冬の仕事の忙しさのせいもありますが、また第一の理由にはiPadの外付けキーボードが壊れてしまったと言うことがあります。パソコン無精な私には重宝していたのですが、何度か落下させたことが原因かと....

まぁまぁ、そんなこんなで亀足ですが、なんとか今年は記事数を増やす事を目標に続けて行きたいと思います!皆さま、どうぞ宜しくお願い致します。


はい、では今日はまた今年もこのお菓子について書かなければなりません。

そう、「ガレットデロワ」です。

昨年はガレットデロワの歴史について触れましたが、今年はいよいよフランスにいると言うことで、現地のガレットデロワ情報に付いて紹介したいと思います。
色々なお店のガレットデロワを除き見しました。

 

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"チョコレートで有名な老舗ベルナションのガレット"



こちらは、東京にもブティックがあるセバスチャン・ブイエのガレット。


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流行りの回転盤を使った、渦巻きのレイエ(切り込み模様)や、中にリンゴが入っている変わり種などがあり、モダンな印象。そして驚いた点が、フランスなのでもう少しお値段低めかと思っていたのですが結構します。日本と同じくらい、むしろ日本よりも高いような気もします....こちらのお店は、地元の人の中でも中々いいお値段のする、高級志向なイメージなのだそうですが、その他のブーランジュリーで見てみても、さほど値段は変わりませんでした。そして、とてもフランス的なのが、ディスプレイの仕方。ダイナミックにガレットを積み上げて、下になっているものの表面が砕けようがお構いなし。そのまま売られています。日本と比べて売れる量も格段に多いので、仕方ないと言えば仕方ないですが、その大雑把さはフランスらしいと言えます。


そして、日本のガレットではなかなか見なかったこちらのレイエ。

 

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「ひまわり」の柄だそうですが、日本人はガレットデロワにも緻密な美しさを求める傾向にあるようで、なかなかシンプルすぎると言うか、この直線格子模様は私には斬新に見えました。
ブーランジュリーでもよく見かけた柄です。

そして昨年ブログで話題になった、「ガトーデロワ」についてですが、南仏にしかないのかな?と言う疑問はあっさり解消されました。やはり、パイ生地タイプのガレットデロワが主流ではありますが、ブーランジュリーやパティスリー、スーパーマーケットなどでもよく見かけたました。

 

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日本でも手に入るようになれば良いのになぁ、、と思うので、是非習得したいところです!

 

 

さてさて、本場フランスで見つけたガレットデロワ達。気取らないその姿は、もっと人々の生活に身近で、ある記事によると、フランスのガレットデロワ消費量は1人あたり半ホールにも上るそうです。

 

この現代に根強く続くフランス文化を嬉しく思いつつ、又、日本人の伝統を重んじる心と、細やかさを忘れずに、自分のガレットデロワもレベルアップさせようと心に誓った新年でした。

 

それでは

à bientôt ;)!! 

 

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"レストラン業でお客様に作ることは無かったけれど、まかないに。月桂樹柄のレイエ。"

 

 

 

「ノルウェー風オムレツ ~オムレットノルヴェジエンヌ~」

Bonjour a tous!

ご無沙汰しております。

 

今回のテーマは、最近、職場の秋のメニュー替えで作り始めた、ノルウェー風オムレツ、

『オムレットノルヴェジエンヌ』

恥ずかしながら、私はこのお菓子、今になるまでお菓子に関する歴史の本の中で読んだことしかなく、一体どういうお菓子なのか、なぜノルウェー風なのか、知りませんでした。まだまだ日本でもマイナーなお菓子だと思うので、その誕生についても触れながら紹介していきたいと思います。

 

 

まず始めに、オムレツと言ってもこれは卵焼きではなく、アイスクリームとビスキュイアラキュイエール(スポンジ生地)をメレンゲで覆い、それを高温のオーヴンで焼き色をつけ、更に食べる直前で、アルコールをかけ、フランベして供するデセールです。

生みの親は、1867年、パリのグランホテルで料理長を務めていたシェフバルザック。(小説家ではありませんよ^^!)バルザック料理長は、その年、パリで開催される万国博覧会のために、何かに科学的なデザートを作ろうと思いつきました。そして、熱力学、特に空気の断熱性の研究で有名な、アメリカの研究者、ベンジャミン・トンプソンに着想を得て、外はアツアツ、中はアイスクリームが冷たいままの、このデザートを発明したのです。ちょうど、空気を沢山含んだメレンゲが断熱材の役割を果たしているという事ですね!そして余談ですが、このベンジャミン・トンプソンと言う研究者は料理にも関心があり、貧しい人々のために、限られたエネルギーで最大限の熱効率の調理ができる窯の開発や、効率的な栄養の取れるメニューを開発したりしていたそうなんです...まさに私の尊敬する理想の研究者像ですね....!

 

 

さて、では肝心のノルウェー風」。これは一体どこから来たのか。

筆者はベンジャミン・トンプソンがノルウェーに縁があったのではないかと、調べてみたのですが、アメリカ、ドイツ、フランスと移住こそすれ、ノルウェーに関しての記述は見つけられませんでした。

そう、これは結論から言って、バルザック料理長の間違い。現代のフランス料理史研究家のマグロンヌ・トゥーサンサマも、その著書「お菓子の歴史」の中のバルザックノルウェー風オムレツの項で、《フランス人は概して地理に無頓着なようである。》と書いています。

なんだそれはー!拍子抜けしてしまいますが、お菓子の歴史には割合適当なことも多いのです。それが私には面白くもありますが…

タルトタタンの有名な話も作り話だとか…?これはまた別の回で書きましょう。

 

 

さて、この今ではすっかりクラシックになったデセール。本当にフランベして出てくるオムレットノルヴェジエンヌが食べられるレストランも少なくなってしまっているのですが、私はこれは比較的家庭でも作りやすいデセールだと思っています。家庭の場合、アイスクリームやビスキュイなどは買って来たものでいいのです。元祖オムレットノルヴェジエンヌはバニラアイスクリームでしたが、チョコレートやフルーツのアイスクリームでも良いでしょう。フランベもしなくても良いですが、もしするなら、ラムやキルシュ、ブランデーなどがお薦めです。

 

ぜひ、一度、自分好みのオムレットノルヴェジエンヌを作って、家族や友人とノスタルジーな雰囲気をシェアしてみてはいかがでしょうか。

 

Omelette norvégienne et du raisin mariné à la balsamique 

 

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それでは!

A bientôt  ;) !!

 

 

 

 

 

いつもの材料をお得に購入(cotta)